東京高等裁判所 昭和27年(う)2142号 判決 1953年1月20日
控訴人 被告人 西村改一
弁護人 諏訪栄次郎
検察官 松村禎彦
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は末尾に添付した弁護人諏訪栄次郎名義の控訴趣意書記載のとおりで、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。
論旨第一点について。
原判示(乙)が所論のように被告人が特殊飲食店栄屋事桜井栄に対し木村滝之を桜井方の売淫婦として就業方の斡旋をした事実を判示し、右事実が他人の就業に介入して利益を得ると共に、公衆道徳上有害な職業の紹介をなしたものと断じたかの観がないでもない。しかし原判決を仔細に読んでみると原判文前段に(甲)として被告人が婦女を売淫婦に周旋して利益を得る目的で業として、千葉県木更津市、同県野田市、或は東京都等に池野良子外多数の婦女を売淫婦として就業方斡旋し求人者側から金を受領している事実を判示しているのと右(乙)の事実とを区別しているのであり、この(甲)(乙)両者を対比してみれば原判決は労働基準法第六条に業として他人の就業に介入して利益を得る行為並に職業安定法第六三条第二号に該当するものとして(甲)の各事実を掲げ、(乙)の事実を以て単に職業安定法第六三条第二号の公衆道徳上有害な職業の紹介をした事実のみを判示しているものと認めることができる。従つて右(乙)の事実が労働基準法第六条違反の事実をも判示していることを前提とする論旨前段はその理由がない。而して職業安定法第六三条第二号に職業紹介というのは同法第五条に定義されているように、求人及び求職の申込を受け、求人者と求職者との間に於ける雇用関係の成立を斡旋することをいうわけであるけれど、こゝにいう斡旋とは必ずしも紹介者の斡旋により求人者と求職者との間に雇用関係が成立することを要するものではない。被告人が木村滝之より木更津市内に売淫婦としての職業に従事しようとの希望を聴き、かねて数回売淫婦を周旋してやつたことのある桜井栄方に斡旋しようとし、石橋かねをして木村滝之を同伴して木更津市に赴かせ、桜井栄を木更津市内旅館明治館に呼び出し木村を同人に面接せしめたことは原判文とそこに引用されている各証拠に徴し明白なところであるから、所論のように桜井と木村との前記面接した直後警察署に同行を求められる事態が発生し、桜井、木村両者間に雇用関係の成立をみなかつたとしても、被告人がこの両者間の雇用関係の成立を斡旋したものというのを妨げないところである。従つて右雇用関係の不成立の点を捉えて右(乙)の事実が職業安定法第六三条第二号に該当しないとする論旨後段も亦失当を免れない。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 近藤隆蔵 判事 吉田作穂 判事 山岸薫一)
控訴趣意
第一点原判決は、罪とならないものを断罪した違法がある。
原判決は、事実摘示(乙)として「昭和二十六年四月十四日頃……(中略)……特殊飲食店栄屋事桜井栄に対し、木村滝之を右桜井方の売淫婦として就業方の斡旋をなし、以て他人の就業に介入して利益を得ると共に公衆道徳上有害な職業の紹介をなしたものである」との事実認定をしてこれに対し労基法第六条、職安法第六三条第二号を適用し、被告人を断罪した。然し被告人は何等の利益を得ていないことは判示自体によつて明かであるから、右は労基法第六条に該当しない。又原判決が証拠として援用した木村滝之の司法警察員に対する供述調書(記録第六百十二丁以下)によれば……前略…私の事については桜井さんが年を聞いただけでまだ何の話も出ませんでした。ビールを飲みながら桜井さんが来てから十分位も経たと思う頃に警察の人が来て三人共警察へ来たのであります。……後略……とあつて、又桜井栄の司法警察員に対する第一回供述調書(記録第二十八丁表)に……前略……そして、まだ西村の二号さんと新しく連れて来た女について入れるか入れないか、その相談にならない時に夜の十時五十分頃だと思いますが警察の人が見えたのであります……中略……西村の二号さんが昨日連れて来た女のことについては、そんなわけで、まだ雇い入れるとも入れないともきまらなかつたのです。……後略……とあるを以て、判示木村滝之のことについては、未だ何等具体的な話が出ていないのであるから、かゝる事実関係では、職安法第五条に謂う求人者と求職者との間における雇用関係の成立をあつ旋したと見ることはできない故、被告人が職業の紹介をしたとの認定は、証拠に基かない認定であつて職安法第六十三条第二号に該らない。
よつて右(乙)の判示事実は罪とならないものであるから、原判決は右の点に違法があつて、破毀を免れないものである。
(その他の控訴趣意は省略する。)